2020年6月15日月曜日

傘をぶつけないでください

ここのところ雨が続いていますが、この話も少し前の雨の日のことでした。

私は始発駅から乗った私鉄電車の空いた席に余裕で座ることができ、下車駅まで鞄から本でも出して読もうかといったところでした。

電車が次の駅に停まり扉が開くと、十代後半かひょっとすると20歳を少し超えたかもくらいのヒョロッとした男の子が乗り込んできて、空いていた私の隣りの席に座りました。


その後何駅か過ぎて車内はほぼ満席になった頃、こちらも20歳前半くらいに見える二人の女の子が同じ車両に乗ってきました。

一人は背が高く、もう一人は少し低めの凸凹コンビで、私ととなりに座った男の子の前に立ち、ペチャクチャと楽しそうに話を始めました。

その背の低い方の女の子は片手でつり革をつかみ、もう一方の手にバッグを持ち、そのバッグを持った方の腕に濡れた傘の柄を引掛けていました。

電車が動き出すと、腕に掛けただけの傘は、車体が揺れるたびにその先端が前後にスウィングし、時々前に座った男の子の膝辺りをポーンポーンとたたき始めたのです。

話に夢中だったせいか、女の子は自分の傘の行方など気にもしていません。

その男の子は、自分のパンツの膝あたりに水滴のシミが少しづつ広がっていくのがとうとう我慢できなくなった様で、その女の子に一言発したのです。


「傘をぶつけないでください」


一見大人しそうで、気が弱そうに見える男の子が、少し頑張ったので、高めの上ずった声になってしまいました。

そういう状況では、私などが想像する女の子のリアクションとしては「あっ、済みません」とか「ゴメンナサイ」です。

しかし、その目の前の女の子は男の子をサッとにらみつけると、片方の口角を上げ、ニヤッと笑ったのです。


彼女は腕に掛けた傘を手に持ち替え、それでその場は終わったかの様に見えました。

ところがしばらくした後、その女の子は傘の先端を前に座った男の子の足と足の間の床にポンと立て、柄の部分は手に持ったまま、隣りの背の高い子の方を向いて、また話を始めたのです。

男の子は自分にあたらなくなったとはいえ、より近づいて来た濡れた傘に、心中穏やかではなかったのではと思いましたが、彼がその後言葉を発することはありませんでした。


なんと根性の座ったと言うか、曲がったと言うべきか、日本人の若い女の子でも(日本人じゃないかも知れませんが)こんなことをするんだと、私は驚きを隠せませんでした。

その女の子をにらむでもなく、しばらくは視線を外せずにいたのですが、こちらには興味がない様で、彼女と目が合うことはありませんでした。


しかし、私がその被害の当事者にならずに良かったと後から思ってしまいました。

位置が少しずれていれば、傘が私の膝にツンツンとあたっていた可能性も十分あった訳ですから。

もし、足の間に濡れた傘なんか立てられていたら、どうしたでしょうか。

そんな暴挙に黙って我慢していられるほど、私は忍耐強い人間ではありません。

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