その瞬間、呼吸ができなくなりました。
10秒から20秒の間、腰が折れ、うつむいたまま、動けませんでした。
商品をお取扱い先に届けに行く途中、地下鉄を降り、改札を抜けた地下道。
正面から若い男性が歩いて来ていたので、人混みの中で人が一人通れる程の間隔を、その彼より先に抜けようと速足ですれ違った瞬間、腹部に衝撃を受けたのです。
ここまでの大きなダメージを受けたのは久しぶりでした。
前回最後にこんな思いをしたのは、いつのことだったでしょうか。
痛みとともに、過去の記憶がよみがえってきました。
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それは、まだ私が20代前半の頃、週3で通っていたサンフランシスコの道場でのこと。
忙しいを言い訳に3カ月程さぼり、久しぶりに参加した練習が終わった後、乱取りをしようと声を掛けられました。
いわゆるスパーリングのことで、そこではパンチンググローブを付けた突きや蹴りがOKのフルコンタクトで行なわれていました。
相手は、私より少し背の高い白人男性。
一度も口を聞いたことがない相手にいきなり対戦しようと誘い掛けて来るのは、誰とでも話しを始める選り好みの少ないアメリカ人気質からなのだろうと、その時は思いました。
間合いを詰めて、サイドキックばかり仕掛けてくる単調な攻撃に、「こんなの簡単には当たらんだろう」と舐めた相手に気を抜いた一瞬の出来事でした。
思いっきり蹴ってきた踵が私の腹部に刺さり、しばらく息ができなくなってしまったのです。
サイドキック。
専門用語で「足刀」(そくとう)と言われる、膝を一度胸元まで持ち上げ、背筋(はいきん)をそらして横に踵から打ち出す蹴り技のひとつ。
こんな一発で面子を潰されては恥ずかしいと、なんとか呼吸を整え対戦再開。
なぜか道場の先生が遠巻きにこちらを気にかけているのが横目に入りました。
久しぶりに練習に出てきた私が大丈夫なのか、それとも相手がケガをしないか、そのどちらかまたは両方を心配している様子でした。
気分をとり直し、ここで素早く構えを左前から右前へとサウスポースタイルに転身。
相手に合わせた対角の左前対左前で対戦していましたが、私は右利きにもかかわらず本来右前の方が得意だったからです。
少し戸惑った相手に間を与えず、動きやすくなった右足から下段の回し蹴りでふくらはぎへ一発。
そのローキックに気を取られたスキに、蹴った右足を着地と同時に踏み込んで、上半身の回転とともに右拳の順突きを鼻がしらにもう一発。
この間、ほぼ1秒。
そばで先生が思わず「やった!」と一言。
うまくやったの「やった」なのか、ついにやってしまったの「やった」だったのかは、結局のところ分からずじまい。
白人特有の高い鼻がアダになったか、相手は顔面を両手で覆い、しゃがんだまましばらく動きませんでした。
そして、もう止めようということになり、先生からちゃんと礼をして終えなさいと言われ、合掌礼の後「Thank you」を交わし合い、そのスパーを終了しました。
その次の回の練習日に、時々話をするまあまあ仲の良い黒人男性が私に近づいてきて一言。
Hey, did you break his nose?(お前、奴の鼻をへし折ったんかい?)
前回のその白人男性と私のスパーが、道場では少し話題になっていた様なのです。
話をよく聞いてみると、誰にでもスパーを挑んでき、配慮の足りない蹴りをガンガンに仕掛けてくるやんちゃな白人男性に、私がヤキを入れたように皆は思っていたのでした。
さて、地下道での衝撃に話を戻します。
狭いところを先に抜けようと、私は足を速め、ぶつからない様に体を斜めに開いたところに、前から来た相手も歩く速度を上げ、私に肘を入れてきました。
予想外の一瞬で避けられもせず、双方の速度が重なった勢いをまともに腹部に喰らい、冒頭の状態に至ったのでした。
もしワザとでなければ、彼は立ち止まって、状況を確認したのではないかと思うのですが、その気配はありませんでした。
私はお腹を抑えたまま、歩く速度を落とさず、反対方向にどんどん進んで行く後ろ姿を見送るほかありませんでした。
「商品さえ持っていなければ」、「急所に入っていなければ」と、言い訳は思い付きましたが、何もできなかった自分自身に、ずいぶん柔らかな性格になったものだと感心しきりでした。
「ベージュのコートのお前、今度会った時には覚えてろよ。」
「ベージュのコートのお前、今度会った時には覚えてろよ。」
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